第24回 薬剤耐性菌とワンヘルス
滝田雄磨 獣医師
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最近、ニュースで取り上げられることが増えてきた「薬剤耐性菌」。
今回は、この薬剤耐性菌問題と犬猫との関連について
ご紹介したいと思います。
薬剤耐性菌とは、その名の通り、薬に対する耐性をもった細菌のことです。
細菌に使用する薬とは、抗生物質のことです。
抗生物質は、内服や外用することで、細菌をやっつけることができます。
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しかし、すべての抗生物質がすべての細菌に有効なわけではありません。 細菌と抗生物質には相性があるのです。
このように、ある薬が効かない場合、その細菌はその薬に対して耐性があるといいます。
この中でも、複数の薬に対して耐性がある、多剤耐性細菌が、
問題となってきているのです。
人間の医療分野では、薬剤耐性菌の感染症による死亡者の増加が問題となっています。
ニュースで取り上げられているように、ひとつの病院から複数の感染者が見つかっているケースもあります。
この場合、病院内で患者から患者に感染が広がった、院内感染を考えなくてはなりません。
当然、病院では感染が広がらないよう、衛生管理に細心の注意を払っています。
それでも防ぎきることが困難な問題であるということになります。
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薬剤耐性菌感染症による死亡者は、世界規模で増加しています。
ある統計によると、約30年後、2050年、世界で薬剤耐性菌感染症による死亡者は、 1000万人を超えると言われています。
この数字は、現在の死亡原因第1位である、
がんによる死亡者数800 万人を超える数字です。いまからたったの30年後、人間の死亡原因の第1位は、
薬剤耐性菌感染症になると考えられているのです。
人から人へと感染する疾患が、世界の死亡原因の筆頭になるほど広がっているとは、
考えるだけでも恐ろしいものです。
なぜ薬剤耐性菌は、急に世界規模で問題として取り上げられるほど増加するようになったのでしょうか。 薬剤耐性菌が増加してしまうしくみを考えてみましょう。
本来、薬剤耐性菌は、少量ながら自然界に存在すると考えられています。
しかし、薬剤耐性菌は自然界では爆発的に増加することはありませんでした。
それは、自然界で存在する、ほかの細菌たちがいるためです。
これらの細菌たちは生存、増殖するために競合しており、
自然界の環境では一定以上増加することはできません。
ある意味、バランスがとれていたのです。
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ところが、ある日、人間により抗生剤が開発されました。
これは、特定の細菌のみをやっつけるという薬です。
この薬を使用した結果、この薬が効かない耐性菌だけが生き残ります。
耐性菌は、増殖するために邪魔であった細菌がいなくなったため、
これまで以上に増殖することができます。
人間の体内で、耐性菌が増加してしまった場合、感染症を起こし、病気となります。
病気を治療するためには、耐性菌にも効果のある、別の抗生剤を使う必要があります。
その結果、別の抗生剤にも耐性のある耐性菌の発育を促してしまいます。
こうして、複数種類の抗生剤に対して耐性をもつ多剤耐性菌が増殖してしまうのです。
※実際にはもう少し複雑なしくみがあります。
人間の医療において、耐性菌が問題となっていることを紹介しました。
では、動物の医療ではどうでしょう。
実は、人間の医療と同じ理屈で、動物の医療でも耐性菌が問題となっています。
さらに、動物ならではの問題も提起されています。
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・排泄物の処理
犬猫は、用を足す時、わざわざ水洗トイレにいって
綺麗に処理をしてはくれません。
そのため、犬猫用のトイレを使い、飼い主が排泄物を処分します。
かわいい飼い犬飼い猫の排泄物だからと、
排泄物に対する感染汚染の意識が低くなっている家庭も
あるかと思います。
しかし、犬猫もなんらかの治療の結果、
排泄物に耐性菌が含まれていることがあります。
この耐性菌が環境中に広がらないよう、公衆衛生を意識し、
消毒をふくめた適切な排泄物の処理をすることが大切です。
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・家畜における耐性菌
牛豚羊鶏などの家畜もまた、病気になります。
家畜がかかった病気が細菌性の疾患であれば、抗生剤を使用します。
抗生剤を使用すると、耐性菌が増殖するリスクが生じます。
家畜の場合、犬猫などのペット以上に、排泄物の処理が困難です。
そのため、環境中(土壌、河川、海)に耐性菌が排出されます。
環境が耐性菌により汚染されると、その環境で育った植物(野菜)、動物(魚)も汚染される可能性があります。
また、家畜を治療した結果、症状がなくなり、病気が治ったとしても、
耐性菌が家畜の体の中(食肉)に残っている場合があります。
このため、耐性菌をふくんだ肉や野菜や魚が、一般家庭の食卓に並ぶ可能性があるのです。
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ワンヘルスとは、人間の健康を促進すると同時に、
動物や環境の健康も促進しようという考え方です。
ワンは犬のワンではなく、すべてをひとつにのワンです。
化学物質による環境汚染や、地球温暖化もこれにあてはまります。
先述したように、耐性菌問題は、病院の中だけではなく、
環境を含めた世界中を視野にいれなくてはならない問題です。
そのため、このワンヘルスの考えにのっとり、医療現場をふくめ、
広い視野で問題にとりくんでいくことがWHO(世界保健機関)より提唱されています。
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ニュースで取り上げられている薬剤耐性菌は、
人間の病院のなかでの感染例がほとんどです。
しかし、実際は家庭や環境など身の回りにも存在している問題です。幼児や免疫力が低い大人の場合、
自分の免疫で対処しきれずに感染してしまうおそれがあります。われわれ獣医師もまた、薬剤耐性菌が増えないよう、
日々の獣医医療において新たな取り組みがなされています。
飼い主は、家庭での犬猫との接し方、排泄物の取り扱い、
公衆衛生を意識した生活をすることで、
薬剤耐性菌の増加防止に貢献することができます。
数十年後、いまの子供達が大人になる頃、薬剤耐性菌が蔓延している世界をつくらないよう、
一刻も早くひとり一人の意識改革をすることが大切です。