第4回 腎臓病〜慢性腎臓病の診断〜
滝田雄磨 獣医師
「最近うちの子がよく水を飲むんです。暑いからでしょうか。」
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問診をしていると、こんな質問を受けることが有ります。
水をたくさん飲む。一時的なものである可能性もありますが、
慢性的に水をたくさん飲むようになったら、それは病気のサインかもしれません。
水をたくさん飲むという症状がみられる病気はいくつかあります。
その中でも、代表的なものとして、腎臓病があげられます。
腎臓病とは、なんらかの原因により、
腎臓の機能が低下してしまった状態のこと。
特に慢性的な腎臓病があると、
水をたくさん飲むという症状がみられます。
今回はこの腎臓病について紹介したいと思います。
※今回おはなしする腎臓病は、従来、腎不全と呼ばれていました。
現在では、慢性腎臓病もしくは急性腎傷害という呼称に変え、
その病態を新しいステージに分類することが推奨されています。
また、今回おはなしする腎臓病以外にも、腎臓に関するさまざまな疾患があります。
慢性と急性
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腎機能が失われてしまう腎臓病。
腎臓病には急性腎傷害と慢性腎臓病があります。
急性腎傷害は、その名の通り急激に症状が悪化する腎臓病。
緊急性のある病気で、数日で命を落とすこともあります。
一方、慢性の腎臓病はゆっくりと進行する腎臓病。
急性腎傷害は適切な治療をし、治療が奏効すれば、
腎機能の回復が望めます。
一方、慢性の腎臓病は、残念ながら腎機能の回復は望めません。
慢性腎臓病
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ではまず身近な慢性腎臓病について紹介していきます。
慢性腎臓病。実はわれわれ人間においても、身近な病気です。
日本人の成人の8人に一人は慢性の腎臓病であると考えられています。
しかし、身の回りで腎臓病の治療をしている人はそんなに多くないと思います。
それは慢性の腎臓病が持つ、ある特徴が原因であると考えられます。
その特徴とは、症状が現れにくいということです。
言い換えると、気づいたときには病気がすでに
進行してしまっているということです。
犬猫においても同じことがいえます。
慢性の腎臓病は高齢の犬猫でよくみられますが、猫では特に多くみられます。
犬では10頭に1頭、猫では3頭に1頭が生涯のうちに
慢性の腎臓病を発症すると言われています。
高齢の猫で脱水が認められたら、まず腎臓病を疑います。
飲水量、尿量の増加が認められれば、
さらに腎臓病の疑いは強くなります。
しかし、症状が認められたときには、すでに腎機能の多くが失われていることがほとんどです。
そして、残念ながらこの腎機能は回復が望めません。
したがって、慢性腎臓病に対抗するためには、早期発見とケアが大切です。 -
慢性腎臓病の早期発見
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前述したとおり、
日頃から犬猫たちを注意深く観察しているだけでは、
慢性腎臓病の早期発見はできません。
こういった病気があるからこそ、
動物病院での定期健診が重要なのです。
病院での定期健診では何ができるのでしょうか。
我々獣医師でも、
目で診て、触って診るだけでは腎臓病の診断はできません。
腎臓病を早期発見するための検査が必要です。
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尿検査
尿をもちいた検査です。
腎臓は尿を生成している臓器ですから、腎機能に異常が生じると、
尿に異常が認められます。
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○尿の採取
家で採取した新鮮な尿を持参するか、
より正確な検査結果が必要であれば動物病院で尿を採取してもらいましょう。
病院での採取方法は、尿道からカテーテルを挿入して膀胱内の尿を採取する方法(カテーテル採尿)か、
もしくは下腹部に針を刺し、膀胱内にまで針先を挿入して尿を採取する方法(穿刺採尿)があります。
男の子であればカテーテルで比較的容易に、負担も少なく尿を採取することができます。
女の子だとカテーテルの挿入はやや困難ですので、時間がかかる場合があります。
針を穿刺して採尿する方法は、もっとも正確な検査結果を得ることができますが、
興奮して動いてしまう犬猫では怪我をしてしまうおそれがあります。
その子の状態、性格をふまえて採尿方法を選択しましょう。
また、排尿直後で膀胱の中に尿がなければ採尿もできませんので注意してください。
定期健診であれば、家で採取した尿で充分です。
多くの動物病院では、採尿用の道具や容器を用意しています。
採尿に自信がない方は、あらかじめ動物病院に相談してみましょう。
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○検査でわかること
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尿検査を実施すると、いろいろな項目の検査が行われます。
尿比重、尿糖、尿蛋白、尿pH、尿潜血、尿沈渣・・・
これらの中でも、慢性の腎臓病の早期発見のために
特に注意して見たいのが、尿比重です。
尿比重とは、尿の重さを測る検査です。
水を1.0としたときの、尿の重さです。
尿には老廃物などが溶け込んでいるため、
水よりも少し重くなります。
なんらかの原因で大量の水分を摂取したり、
点滴をして体の中の水分が多い状態では、尿は薄くなり、
比重は小さくなります。
下痢や嘔吐による激しい脱水や、糖尿病などでは尿は濃くなり、
比重は大きくなります。
そういった原因がないにもかかわらず、尿比重が小さい場合、
慢性の腎臓病を疑います。 -
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腎臓病で腎機能が低下すると、
尿を濃縮する機能が低下し、
薄い尿をたくさんするようになります。
そのため、慢性の腎臓病では尿比重の低下が認められるのです。
(犬で<1.030,猫で<1.035のとき、慢性腎臓病を疑う) - この尿比重の低下という所見は、慢性腎臓病を疑う検査のなかで、
比較的早期に検出される検査項目です。
確定診断とまではならないにしても、大変有意義な検査であると言えます。
尿検査における注意点としては、採取した尿にゴミが混ざってしまったり、
尿が古くなってしまうと検査結果にズレが生じるという点です。
初めて家で尿を採取するときには、獣医師の指導をきちんと受けましょう。
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血液検査
血液をもちいた検査です。
血液検査は腎臓に限らず、様々な情報を数値として得ることができます。
その定期健診で一般的に測定される項目の中で、
慢性腎臓病を疑うときに特に注意したい項目が2つあります。
尿素窒素(BUN)とクレアチニン(CRE)です。
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身体検査で慢性の腎臓病が疑われ、その上でこれらの2項目が両方とも高値であれば、慢性腎臓病と診断されます。
血液検査のメリットは、検査機械により数値として結果が出て来るというところです。
そして、慢性腎臓病の検査を何回か行った場合、その数値の変動により病気が落ち着いているのか
悪くなっているのかという比較をすることができます。
治療反応を数値として追うことができるのは大きなメリットです。
しかし、残念ながらこの2項目が異常値を示す頃は、腎臓の機能の約75%が失われています。
できればもっと早期に慢性腎臓病の診断をし、治療を始めたいところです。
そこで近年、検査会社のIDEXXさんにて、もっと早期に慢性腎臓病を検出するための項目検査が開発、
追加されました。SDMA(対称性ジメチルアルギニン)と呼ばれる項目です。
この項目を検査すれば、より早期の慢性腎臓病の診断を期待することができます。
腎機能の40%が失われた時点で、SDMAは異常値を示します。
(75%が失われるまで異常値を示さないBUNやCREに比べると、より早期の診断が期待できます。
犬では約9.5ヶ月、猫では約17ヶ月早く検出可能)
病院内では測定することの出来ない項目であるため、多くの動物病院では、
定期健診にSDMAは含まれていません。
費用がいくらか追加でかかることになると思いますが、腎臓病を警戒するのであれば、
SDMAの検査の依頼について、獣医師に相談してみると良いでしょう。
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いかがだったでしょうか。
病気が進行するまでなかなか診断することができない腎臓病。
今後、獣医医療の進歩により、
より早期の慢性腎臓病の診断ができる検査が開発されるかもしれません。
回復することができない病気だからこそ、
早期に診断し、治療を開始することが大切です。
より長く、元気に過ごすために。
獣医医療の進歩に貢献したいと思います。
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次回は、慢性腎臓病と診断されたあとの治療法と急性腎傷害についてお話したいと思います。