第48回 膝蓋骨脱臼
滝田雄磨 獣医師
後ろ足を挙げて歩く。
犬がそんな歩き方をしていたら、膝蓋骨脱臼という疾患が隠れているかもしれません。脱臼と聞くと、すぐに治療しなければならない、緊急性の高い疾患と感じる方もいるでしょう。
しかし、実際には緊急性は低いことが多く、焦らずに治療に望める疾患です。では膝蓋骨脱臼とはどんな病気なのでしょうか。
膝蓋骨とは
膝に蓋をする骨と書いて膝蓋骨。
その形状から、人では俗に膝のお皿とも呼ばれます。膝蓋骨の特徴のひとつとして、関節によって他の骨と固定されていないことが挙げられます。
他の骨と固定されていない代わりに、頻繁に動く部位の筋肉や腱の中に形成され、筋肉や腱と一緒に動くことで、運動の能力をあげるはたらきがあります。こういった骨を種子骨といいます。そもそも一定の範囲を動くはたらきの骨であるため、脱臼、亜脱臼しやすい骨でもあります。
また、脱臼しやすい反面、脱臼しても自然と元の位置に戻って治ることも多い骨でもあります。
犬の膝蓋骨脱臼
犬において、膝蓋骨脱臼は最もよくみられる関節疾患です。
特に小型犬で発症率が高く、身体検査で日常的に認められます。
膝蓋骨は膝を正面から見たとき、足の曲げ伸ばしにともなって上下に移動します。
このとき、大腿骨にある滑車溝とよばれる溝に沿って膝蓋骨は移動します。これが脱臼すると、滑車溝から内側もしくは外側のどちらかに脱臼します。ほとんどの場合は内側への脱臼で、その割合はおよそ8割とも言われています。
膝蓋骨脱臼の診断とグレード
膝蓋骨脱臼が疑われたら、まず触診による検査をします。
膝蓋骨脱臼が認められたら、その重症度から1~4のグレードに分類されます。
膝蓋骨が力を加えていない状態でも脱臼しているのかどうか、人為的に力を加えることで脱臼と整復ができるのかどうか、が判断基準です。
痛みの大きさはグレードの判断基準になりません。グレードの数字は、大きいほど重症であることを示します。
グレード1
普段は滑車溝の間に収まっていますが、人為的に力を加えることで膝蓋骨が脱臼します。
ただし、人為的な加圧をゆるめると、膝蓋骨は自然に元の位置に整復されます。
グレード2
グレード1と同じく、普段は滑車溝の間に収まっていますが、人為的に力を加えることで膝蓋骨が脱臼します。
ただし、人為的な加圧をゆるめても、膝蓋骨は自然に元の位置に整復されません。整復するには人為的に整復する必要があります。
痛みを伴うことは稀ですが、時折スキップするなどの歩行異常が認められます。
グレード3
普段から膝蓋骨が脱臼していますが、人為的に力を加えることで膝蓋骨を元の位置に整復することができます。
ただし、膝の屈曲運動をすると、再び脱臼してしまいます。
このグレードになると持続的に歩行異常が認められることがあります。
グレード4
普段から膝蓋骨が脱臼しており、人為的に力を加えても膝蓋骨を元の位置に整復することができません。
滑車溝は浅くなっているか、場合によっては消失しています。
膝蓋骨が関わっている大腿骨と脛骨に湾曲を伴う変形が認められ、外科的に手術を施しても、修復が困難であることもあります。
膝蓋骨脱臼の治療
内科治療
内服による治療です。
痛みや炎症が強いと判断されたときは、消炎鎮痛剤を処方します。痛みや炎症がそれほど強くないときは、サプリメントによる治療から開始します。
従来、いろいろな種類の関節用サプリメントが開発されてきました。一概にどのサプリメントが最も良いとは言えませんが、比較的、医療データの多いサプリメントが勧められます。
また、体重管理も大切な治療です。肥満は膝への負担が大きくなるため、減量を指示します。近年は関節保護成分が豊富な関節疾患用のドッグフードも多く開発されているため、それを与える方法も効果的です。
外科治療
内科治療ではコントロールが困難であると判断された場合は、外科治療を施します。
どのグレードから外科が適用となるかについては議論されている点ではありますが、明らかな臨床症状(疼痛、歩行異常)が慢性的に認められた場合は、外科が強く勧められます。
外科の治療方法はいくつかの手法に分かれるため、それぞれに分けてご紹介します。
滑車溝形成術
膝蓋骨が本来はまっているべき溝である、滑車溝の形状を整える手術です。骨格形成早期から脱臼があると、滑車溝の低形成が生じると考えられています。重症例では、滑車溝が消失(平坦)さらには突出してしまっていることもあります。
脛骨粗面転移術
脛骨粗面とは、膝蓋骨を通った大腿四頭筋が、脛骨に付着している部分です。
運動をするとき、大腿筋はこの粗面を引き上げることで、膝を伸ばそうとします。膝蓋骨脱臼が認められる症例の多くは、大腿四頭筋―膝蓋骨―脛骨粗面の位置関係に歪みが生じています。このラインが一直線になっていないと、運動をするたび膝蓋骨に内外方向へ余分な負荷をかけることになります。その結果、膝蓋骨は再脱臼をしやすくなってしまいます。
これを防ぐため、脛骨粗面の骨を剥離し、適切な位置へずらす手法です。
関節包の縫縮
関節は関節包という構造で覆われています。
膝関節もまた、関節包で覆われているのですが、脱臼している状態の形状で落ち着いている関節包は、脱臼を整復すると、脱臼と反対側に余剰が生じ、大げさに言うとたるみが出てしまいます。たるみがあると、たるみがない側へ脱臼しやすくなってしまいます。
これを防ぐため、脱臼を整復した後、脱臼をしていなかった側(主に外側)の関節包を一部切り取り、縫い縮める手法です。
脛骨内旋制動術
脛骨が内側へねじれる動きを抑える方法です。脛骨がねじれると、脛骨粗面も内外にずれ、脱臼しやすくなります。これを防ぐため、脛骨に小さな穴をあけ、強い非吸収糸などを用いて固定します。
適切な治療をしたい膝蓋骨脱臼
小型犬でよくみられる膝蓋骨脱臼について紹介しました。
膝蓋骨脱臼は、重度になれば手術をすべき疾患です。
たまに脱臼してすぐ戻るぐらいであれば、内科的な管理でも対応できます。手術が必要かどうかの判断は難しく、中程度の症例であれば獣医によっても意見が分かれるところです。
しかし、手術が適応となれば、早期に手術に望みたい疾患でもあります。適切な治療を受けられるよう、後ろ足を挙上する、痛がるなどの症状が認められたら、早めに動物病院を受診するようにしましょう。