第23回 身近な危険。熱中症
滝田雄磨 獣医師
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どんなに健康な子でも、突然発症し、命を落とすおそれがある疾患。
熱中症。
実は、特に犬において、熱中症は日頃よくみかける疾患です。
今回はこの熱中症についてお話します。
熱中症と聞くと、みなさんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
人間では、日射病をイメージされる方が多いと思います。
日射病とは、
夏の暑い日差しの中、長時間活動することによって起こる脱水を伴う全身性疾患です。
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熱中症は、
陽射しの有無に関わらず、室内でも高温の環境において起こります。
最近では、子供を車の中で長時間待たせ、車内の温度が上がり、
熱中症を発症して命を落としたという悲しいニュースも耳に入ります。
どんなに健康な人間、動物でも、不注意によって命を落とす恐れがある疾患。それが熱中症です。
どの子でも熱中症になりうると説明しましたが、
その中でも、熱中症になりやすい条件があります。
上記の中でも、とりわけ注意したいのが、短頭種です。
短い頭と書きますが、短頭種とは頭を横から見た時に丸い形をしている犬種です。
フレンチブルドック、パグ、シーズー、チワワ、ボストンテリア、ペキニーズ、ボクサー、狆などが短頭種に含まれます。
短頭種の犬種は、その解剖学的構造により、
気道が狭窄または閉塞しやすいという特徴が
あります。
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犬は人間とは違い、
体中から汗をかいて体温を下げるということができません。
そのため、体温が上がると、ハッハッハッと速い呼吸(パンティング)をし、 濡れた舌の気化熱によって体温を下げようとします。短頭種はフガフガ言っている様子がかわいいという声をよく聞きますが、 この音は呼吸が上手にできていない証拠でもあります。
呼吸が上手にできないと、体温調節がうまく出来ず、熱中症を発症しやすくなります。
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現に航空会社では、熱中症を警戒し、
5〜10月などの気温が高い時期は、短頭種の搭乗(輸送)を禁止している会社や、 時期を問わず短頭種を禁止している会社もあります。
航空会社に限らず、ペットホテルでもお預かり中の短頭種の犬が熱中症を発症してしまった、
動物病院付属の施設ではない場合、そのまま亡くなってしまったという事故を聞きます。
短頭種がいるご家庭では、夏場、常に細心の注意が必要なのです。
熱中症にならないためには、どのようなことに気をつけると良いのでしょうか。
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特に注意したいのが、日々の散歩です。
そもそも気温が上がるとき、太陽の陽射しを受けてまず地面が温まり、
その地面が空気を温めて気温が上がります。そのため、夏場の地面は、気温以上に熱くなっています。
直に触ったことがある方ならご存知だとは思いますが、
夏場のアスファルトは火傷をするほど熱くなります。
肉球があるとはいえ、犬にとっても夏場のアスファルトは
とても危険です。
さらに、犬は私達人間と比べると、極端に地面に近いところで生活をしています。
当然、近ければ近いほど、強く地面の熱の影響を受けます。
私達が思っている以上に、熱く、危険な環境なのです。
日が沈んでからの散歩でも、
さっきまで直射日光が当たっていたような場所は避けるようにしましょう。
また、体調不良での夏場の散歩は厳禁です。
犬は忠誠心が強い動物です。
飼い主が散歩に行くと言ったら、無理してでもついていこうとしてしまいます。
食欲がない、便がゆるいなど、少しでも体調の変化を感じたら、その日は散歩をお休みするようにしましょう。
熱中症といえば夏ですが、実は、涼しい時期に熱中症で来院される方もいます。
なんとなく元気がない、少し吐き戻しをした、病院で体温を測ってみると、平熱。
血液検査をしてみると、軽い脱水と炎症の数値の上昇。
画像検査をしても異常はなし。
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しかし何度も問診をしていると、
実はヒーターにべったりくっついて居眠りをしていました
なんていうことも…。
熱中症は確定診断できる検査がなく、診断が難しいのです。
基本的には体温が上昇するのですが、涼しい季節だと、
病院につれてくる間に熱が下がってきているということもあります。
本人が熱中症になりうる環境にいたのかどうか、これが診断のポイントになります。
すなわち、飼い主が熱中症になりうる環境にはどういったものがあるのかを把握していないと、診断が遅れてしまうのです。
涼しい季節だからと油断せず、暑すぎる環境にいないか、気を配るようにしましょう。
熱中症は、高温による全身性の疾患です。
体温が41℃を超えると、細胞障害を生じ、神経細胞に不可逆的な損傷が起こる可能性があります。
42℃を超えると、不可逆的なタンパク質の熱変性が起こり、多臓器不全を引き起こします。
その影響は多岐にわたり、例として以下のような合併症を引き起こします。
・心不全
・不整脈
・肺水腫
・急性腎不全
・神経障害(意識障害、痙攣)
・下痢、嘔吐
・血液凝固異常(血栓、止血異常)
命に関わる重篤な合併症ばかりです。
合併症が多く起これば起こるほど、治療は複雑化し、予後が悪くなります。
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細心の注意をしていても、熱中症になってしまうことがあります。
怪しいなと思ったら、すぐに病院に連れて行って下さい。
しかし、そのときすぐ動物病院に行ける環境にあるとは限りません。
動物病院に行くまでの間、その場でできる処置を迅速にできるかどうかが、
その子を救えるかどうかに大きく関わってきます。
冷却
以下の方法で、身体を冷やし、上昇した体温を下げて下さい。
ただし、過度な冷却は体表血管を収縮させ、熱発散ができなくなり、逆効果となることもあるので加減が必要です。
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①氷、保冷剤
冷たい固体を当てて身体を冷やす方法です。
首、脇、内股など、動脈を効率よく冷やせる位置に当てるようにしましょう。
凍傷にならないように、濡れたタオルに巻いて当てるなどするとより効果的です。
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②水
体表に水をかけ、うちわなどで風をあてる方法です。
冷水を使い過度に冷却すると体表血管が収縮し、効率が悪くなるおそれもあります。
しっかり風を当てられるのならば、常温の水を使うとよいでしょう。
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水分補給
本人の意識がしっかりあるのであれば、水を飲ませることも大切です。
※誤嚥に注意!
誤嚥とは、
食物などの液体や固体が誤って気管に入ってしまうことです。
本人の意識レベルが低下しているときは、
不意な嘔吐で誤嚥し、呼吸困難に陥ってしまうおそれがあり、大変危険です。
意識レベルが低いときは、無理に水を飲ませないで下さい。
そして、身体をうつ伏せにし、頭を低くするなど、誤嚥しにくい体勢にするようにしましょう。
万が一、意識がない状態で嘔吐をしてしまったら、
頭を低くし、口の中の嘔吐物を排出しなくてはなりません。
ティッシュなどを使うと、破れたティッシュを飲み込んでしまうおそれもあるため注意が必要です。
ガーゼやハンカチなどの飲み込まれにくいもので、吐瀉物を素早く取り除くようにします。
いずれにせよ、焦らず、的確な処置をすることが大切です。
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熱中症は命を落とすことが多い、大変危険な疾患です。
しかし、飼い主が注意して、暑い環境さえ避けていれば、防ぐことができる疾患でもあります。
発症してからでは、後悔しても悔やみきれません。
うちの子は健康だから大丈夫だと高をくくらず、
少し過保護だと思われるくらい、環境へ気を配ってあげるようにしましょう。