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世界を巻き込み猛威をふるっている新型コロナウイルス。
今回は連日話題となっている検査法、PCR検査について紹介します。PCR検査は、実は獣医にとって比較的身近な検査です。
学生時代にPCR検査をつかって実験をし、卒業論文を書いていた獣医師もいます。私が学生時代に所属していた研究室でも、同期の獣医師がPCR検査を毎日のようにやっていました。
経験のいる繊細な作業を繰り返す検査で、根気のいる大変な作業だなぁと感心していたことを覚えています。
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PCR検査とは、簡単に言うと、ウイルス特有の遺伝子を見つけることで、ウイルスの存在を確認しようという方法です。
遺伝子とは、細胞の核に含まれる、遺伝情報をもつものです。
人間などの動物はもちろん、植物、微生物、ウイルスにいたるすべての生物が特有の遺伝子をもっています。
ウイルスの遺伝子
遺伝子と聞くとDNAという言葉が連想されます。厳密には、遺伝子とDNAは別物です。
DNAは2本の鎖が螺旋状に繋がったような構造をしています。遺伝情報はそのすべてではなく、その一部に存在します。
すなわち、遺伝子とは、DNA上の一部、遺伝情報をもつ領域です。
DNAは、すべての生物がもっているわけではありません。
DNAをもたない生物は、DNAの代わりにRNAを持っています。
RNAはDNAと似ていますが、2本鎖ではなく1本鎖構造をしています。
新型コロナウイルスはDNAではなくこのRNAを持っています。
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RNAもまた、その一部にそのウイルス特有の遺伝子領域をもっています。
この遺伝子領域を検出することができれば、ウイルスの存在を確認することができるわけです。
(RNAに対して行うPCR検査は手順が若干異なり、
RT-PCR検査と呼ばれます)
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PCR検査とは、polymerase chain reaction の略です。
和訳すると、ポリメラーゼ連鎖反応です。
ポリメラーゼとは、DNAの合成や修復に関わる酵素を指します。
DNAを合成、修復できる酵素を使った連鎖的な反応を使った検査。
それがPCR検査です。
ポリメラーゼ連鎖反応
DNAの修復を連鎖的にやるとどんなメリットがあるのか。
DNAは約95℃の高温になると、2本鎖の構造がほどけ、2本の1本鎖になります。
その後、約50℃に冷却すると、ポリメラーゼのはたらきにより、それぞれの1本鎖に新しく「つがい」となる鎖を合成することで、DNAを修復します。
このとき、DNAは2本の1本鎖から2本の2本鎖に増えます。
また約95℃に加熱すると、2本の2本鎖が解け、4本の1本鎖になります。
さらに約50℃に冷却すると、ポリメラーゼがはたらき、4本の2本鎖になります。
こうして、2倍2倍とねずみ算式にDNAを増やすことができます。
この作業において、プライマーという短い1本鎖を使うと、DNAのなかで特定の部位だけを合成、増殖させることができます。
新型コロナウイルス特有の遺伝子配列だけを増殖させることができれば、そこに新型コロナウイルスがいたのかどうかが分かるわけです。
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少量の特定の遺伝子を検出することは大変難しいため、PCR検査ではその遺伝子をおよそ10億倍にまで増殖させて検査します。
そのため、検査には時間と手間を要します。
また、目的の遺伝子によく似た別のDNA領域が増えてしまったり、
間違った1本鎖に置き換わって修復してしまったりするエラーも起こるので注意が必要です。
実際にはもっと複雑な作業、反応ですが、大雑把にいうとPCR検査はこのような方法で特定の生物を検出しています。
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犬猫の感染症の検査においても、PCR検査は活躍しています。
街中の動物病院内でのPCR検査は困難なため、
ほとんどの場合は専門の検査機関に依頼します。
犬猫の感染症とPCR検査
感染症は、その病原体から細菌、ウイルス、寄生虫などに大別できます。
これらの病原体もまた、やはり遺伝子を持っているので、PCR検査で検出することができます。
具体的には、その症状から疑われる感染症を何種類かピックアップし、
それぞれの病原体の遺伝子が検出されるかどうかを調べます。
例えば、検査会社によっては下痢パネルなどのPCR検査セットがあります。
下痢の症状がある犬の場合、その糞便を検査会社に送付し、下痢パネルのPCR検査を依頼します。
下痢を起こす一般的な感染症には、ジアルジア、パルボウイルス、クロストリジウム、カンピロバクター、サルモネラ、犬腸管コロナウイルスなどがあります。
検査結果はそれぞれの感染症についての陽性、陰性で出ます。
陽性だった場合、その感染症の遺伝子が検出された、糞便に含まれていたことを示します。
獣医師はこの結果をふまえ、下痢の原因を推測して治療をします。
このように、症状や病歴から疑われる感染症をしぼって検査する必要があります。
下痢症状なのに呼吸器症状を起こしやすい感染症のPCR検査を実施しても、下痢症状の原因を特定することは難しいのです。
ワクチンとPCR検査
PCR検査をするときに注意したいことのひとつに、ワクチンの影響があります。
ワクチンとは、毒性を弱らせた病原体(生ワクチン)、
もしくは毒性を無くした病原体(不活化ワクチン)を体に注射することで、その病原体に対する免疫力を取得するという予防医療です。
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PCR検査は、病原体の遺伝子が存在するかどうかを検査します。
そのため、ワクチンで注射された病原体を検出してしまう可能性があります。
特に生ワクチンを接種したあとは、3週間以上空けてからのPCR検査が勧められます。
腫瘍とPCR検査
感染症以外でも、PCR検査は活躍しています。
腫瘍、がん細胞の検査です。
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がん細胞とは、異常増殖する細胞です。
正常な細胞は、体の状態に応じて増殖し、体からの司令に応じて不必要な増殖はしない仕組みになっています。
ところががん細胞は体からの司令に応じずに、異常増殖していきます。
この異常増殖しているがん細胞は、みな同じ遺伝子を持っています。そのため、PCR検査をすることで、特定の遺伝子をもつ細胞が異常増殖しているかどうかを調べることができます。
たとえば、リンパ球が異常増殖するリンパ腫が疑われた時、病院内での検査では、顕微鏡を使って異常にリンパ球が多いぞというところまで分かります。
しかし、そのリンパ球がどの種類のリンパ球なのか(Bリンパ球、Tリンパ球)、腫瘍的に増加しているのか、炎症や感染に対する必要な反応としてリンパ球が増加集合しているのかまでは判別することができません。
そこでPCR検査を実施することで、これらの病態を予測することができます。
どの種類の細胞が多いのかだけではなく、同じリンパ球が異常増殖しているのか、異なるリンパ球が増殖集合しているのかまで推測できるのです。
これにより診断は細分化され、治療方針や予後予測をより精密に組み立てることが可能になっています。
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新型コロナウイルスで話題となっているPCR検査について、動物病院で使われているPCR検査にも触れながら紹介しました。
PCR検査は遺伝子レベルで病原体を探すことができる高度な技術で、医療に大きく貢献している検査です。
しかし、闇雲にやたらと検査をすると、困ったことが起こる検査でもあります。次回はPCR検査の注意点について追記します。
PCR検査